京成電車疑獄事件(けいせいでんしゃぎごくじけん)とは、京成電気軌道の浅草乗り入れにおける東武鉄道との競願を巡って、1930年(昭和5年)4月に起きた汚職事件。
総武本線両国?御茶ノ水延長と千葉までの電化が具体化する中で、浅草乗り入れを巡って東武に先を越された京成上層部の焦りが起こした事件であり、当時の社長本多貞次郎が逮捕される事態に発展した。板船権、江東青物市場、自動車購入疑惑と並び「東京市会四大疑獄」と呼ばれる。
1923年(大正12年)から京成は6度にわたって出願を行っており、この6度目の出願の際に発覚。16万円(現在の貨幣価値で3000万円余り)が京成の出願を有利にする為の工作費として政界に渡った。東京市議会議員の半数が連座。衆議院では三木武吉・中島守利が贈賄幇助、小俣政一が収賄に問われた。京成の総務部長を務めていた正力松太郎や東京毎日新聞の千葉博巳も贈賄幇助罪に問われた。
出願そのものは翌1931年(昭和6年)7月に許可されたものの、東武が既に、現在の業平橋?浅草間を開通させていた(5月)。社会的な批判もあり、京成は浅草への乗り入れを断念、合併した筑波高速度電気鉄道の免許線を活用し、日暮里経由で上野に乗り入れた。宙に浮いた形の特許は京成から東京市に譲渡されたが、結局活かされることなく失効となった。
この事件の30年後の1960年(昭和35年)に都営浅草線が開業し、京成は同線への直通運転開始により浅草乗り入れを果たした。
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